2009年07月02日

日本美術ツアー

渡部誠一さんを講師としての国立博物館日本美術ツアーに飛び入り参加
本館2階の「日本美術の流れ」を一緒にひとまわりする
「美は創造できません、人はそれに近づこうとするだけ」という
渡部さんの美術論に一堂(といっても3名!)頷くのみ
2時間かけ会場を一周したあと(けっこうヘトヘト)、レストランに移動してまた2時間
まったく贅沢で有り難い一日
一緒に湯島天神に(途中、思わぬ人と遭遇)お参りしたところで解散
年間パスポートが切れてしまう、その日に、このような会に帯同できたのは僥倖という他ない
特別展の行われていない日の国立博物館は静かでよいです

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【日記の最新記事】
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2009年06月29日

6月の読書

あいかわらずの雑食が続いています

畑がついてるエコアパートをつくろう* 平田裕之・山田貴宏 自然食通信社 2008
神も仏もありませぬ*  佐野洋子 筑摩書房 2003
群島ー世界論*  今福龍太 岩波書店2008
日米交換船* 鶴見俊輔・加藤典洋・黒川創 新潮社 2006
自然農に生きる人たち* 写真・文 荒井由己 自然食通信社 2008
プロフェシー J.A キール ヴィレッジブックス 2002
テスラ 発明王エジソンを超えた偉才 マーガレット・チェニー 工作舎 1997
真贋* 吉本隆明 講談社インターナショナル 2007
よせやぃ。* 吉本隆明 ウェイツ 2007
脳と日本人* 松岡正剛・茂木健一郎 文藝春秋 2007
現代詩入門* 大岡信・谷川俊太郎 思潮社2006

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2009年06月28日

三ヶ月経過

新しい生活リズムに入って三ヶ月
思っていたほどには暇ではない
でも、それまでの暮らしが随分前のめりだったなと感じられる程度には暇である
ホームベーカリーでパン焼いたり、千葉まで田植えに行ったり
これまでやらなかっとこともボチボチやっている
収入は激減
ほんとはもう少し焦んなきゃならいのかもしれないけれど
働きと収入が直接リンクする心地は悪くない
とにかく今はバタバタしない

今年に入って稽古場を開いた人も多い
相模原にでき、西成にでき、もうすぐ武蔵小金井にもひとつできるといった具合
本来なら僕もその人たちに倣って稽古場探しをすべきかもしれないけれど
大井町・吉祥寺での稽古会があることに甘えて静観している
ほんとうのところ、事務職を卒業したのは変化の第一段階にすぎないと思っている
これからの三年間くらいの間に第二段階、第三段階目がやってくるのではないか
そんな風に考えている

「時間に余裕ができるはずだからどこでも出かけていきますよ」
とアナウンスしていたら、夏を中心にひとつふたつお声がかかった
ひとつは関西の短大で幼児教育を教えている先生が主宰するサークル
もうひとつは湘南の舞踏の会
どちらも半日ほどのワークショップ形式になるのだろう
D先生に相談したら、大いにやりなさいとのこと
アウェイに身をおいて、仲間内でない言葉で自分たちがやっていることを話す
こんな訓練が必要だし、大井町での「若者塾」でやろうとしていることでもある

稽古場最初の十年はとにかく訳わからず内部でハチャメチャやってた
次の十年で内部制度が整ってきた
これからは、自分たちのやってきたことをアウェイでやってみる
あとは、次の世代に任せます


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2009年06月27日

国立競技場

競技場に足を運ばないと観戦勘も鈍る
国立競技場でのFC東京ー清水戦
FCサポーターって多いんだ
三万人に迫る観客数
家族連れが多い
FC東京の展開力が清水に勝り2−1で勝利
石川直宏のアウトにかけた技ありシュートが見られたのはよかった
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2009年06月26日

岡山弁

新聞の映画欄で精神という映画のことをしり、
ネットで予告編を見たら岡山弁が生き生きと話されている
そんなやや外れた理由から渋谷のイメージフォーラムというミニシアターに行ってきた
5年も前に土方巽の映画を観たところ
劇場の前に立ってそのことをようやく思い出した
なんでこの人たちは自分のことをこんなに的確に話せるんだろう
その言葉の力にちょっと驚いた
テーマとしては重いんだけれど、エンターテイメント性まで兼ね備えた
「観察映画」である
建物の古さもよいのだな、きっと
kareha.jpg

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2009年06月23日

1970年代 その5

サンフランシスコの環境団体をはじめ、いくつかの候補先に手紙を書き、最終的に受け入れてくれるたのはサンタフェコミュニティスクール(以下SFCS)というフリースクールであった。1973年の大晦日から翌年7月まで、ここで暮らすことになる。工学系の勉強をし、公害問題に関心をもっていた私が、あの段階でいまでいうエコロジー関連の道にすすんでいたらどうなっているのだろう、と思うこともある。73年のアメリカといえば、カウンターカルチャーの残り火がまだ残っていた時代で、SFCSもそのなごりのあるところだった。最近になってレインメーカプロジェクトなどに首を突っ込むようになったきっかけも、遡っていけばこの時代にたどり着く。SFCSではじめて「教育」というジャンルに足を踏み入れることになり、それがやがて「整体」の勉強につながっていくのだが、それはまだまだ先の話である。
http://www.dohokids.com/archives/at/sfcs.html
(続く)

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2009年06月22日

ATOK X3 for Linux

Aspire OneにUbuntu 9.04 UNRを入れたのは先月のこと
8.10よりずっと実用的になったとはいうものの、その割に使っていない
要は日本語入力が弱い
オープンソースですべてまかなうという主旨からは外れてしまうが
ATOK X3 for Linuxをダウンロード購入することにした
でも、ここからがLinux
ダウンロードファイルをダブルクリックするとインストールが始まる
ということにならない
解説に沿ってファイルを解凍し、フォルダに移動させ
ターミナルを立ち上げてコマンドラインから入力していく
インストールはできたもののステータスウィンドウが大きすぎて小さな画面が狭くなる
非表示にはできたものの、今度は呼び出せない
辞書登録はどうやるのだ?
Linuxの道はまだ険しい

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2009年06月20日

1970年代 その4

留学ビザの申請に添えたFWCからの書類に「interdisciplinary studies」と書かれていて、いったいこれはなんだろうと頭をひねった。いまでこそ「学際的」という翻訳でなんとなく定着した感のあるこの言葉だが、当時はその意味していることがよくわからなかった。「experiential learning」という言葉と出会ったのもFWCでのことだ。いま「体験学習」で検索をかけると数千万という夥しい数がヒットする。FWCの学生はインターン、ボランティアとして教室から「リアルな現場」に身を移し、そこでリアルを体験し、レポートを書き、そして単位を取得する。現在の大学等では当たり前のこととして行われている事柄であろう。FWCには「resource data-bank」と呼ばれるインターン・ボランティア受け入れ先のリストがあり、学生たちはそれぞれ自分の関心に沿って受け入れ先に(おそらく教師の推薦状なりを添えて)手紙を書く。オーケーが出れば数ヶ月単位で出かけて行くのだ。
(続く)

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2009年06月19日

阿部青鞋

僕の最初の英語の先生は阿部青鞋(せいあい)という俳人だった
1960年代前半、岡山の田舎町での話である
以下は、このブログをはじめる大分前(2002)に書いた文章

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■阿部青鞋(せいあい)という俳人の名前を知ったのは数年前、父母の句集のなかである。母の略歴のなかに「阿部青鞋先生に短歌の手ほどきをうける」とあった。そこではじめて、私の最初の英語の先生が「阿部先生」であったことを思い出した。はたして、俳人阿部青鞋と「阿部先生」は同一人物であったのだが、どうして東京生まれの俳人が岡山の田舎町に住みはじめたのか。

■調べてみるとなかなか面白い経歴をもつ人である。大正三年(1914)に東京に生まれ、1945年の終戦直前に岡山に疎開するまでは、軍隊に召集されていた時期を除き、ずっと東京にいたらしい。そんな人物が、どいういう経緯で岡山に疎開したかは謎。しかし、以後、昭和53年(1978)までの33年間、岡山県英田郡美作町に居住したとある。美作町に住みはじめて14年後、「米人宣教師の通訳を務めるうち聖書に親しんで受洗」(1959)とあり、その四年後には自ら牧師となっている。私が英語を習ったのは、この頃らしい。住んでいた町内会の建物を寺子屋のようにして英語を教えていた。飄々とした風貌で、モダンな空気をいつも身にまとっていたのをうっすら覚えている。

■横浜市立図書館に唯一あった、『俳句の魅力ー阿部青鞋選集』(沖積社 1994)を借り出して読んでみた。妹尾健太郎という人が編んだもので、阿部青鞋の句、随筆等が集められ、前段の略歴はこの本の巻末におさめられている「略年譜」からの引用である。新興俳句の旗手であった渡辺白泉らとも親交が深く、昭和15年頃、新興俳句が弾圧を受けてからは、ひたすら古典の研究に励んだとある。

■極めて個人的なつながりから阿部青鞋という人の足取りをたどっているのだが、残された俳句は素人目にも面白い。俳句の世界では、おそらく傍流に属していたのであろうし、政治的に動くタイプの人物ではなさそうである。俳壇という閉じられた世界にこだわっていた様子もなく、どことなくコスモポリタン。カラッとしたユーモアが基音として流れている。

 うかんむりの空を見乍ら散歩する (青鞋)

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2009年06月18日

TKG

すぎな農園から帰ってきた娘に教えてもらった新語
たまご かけ ごはん
の省略形だそうだ
動詞として使われることもあるのだろうか

posted by dohokids at 08:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月12日

1970年代 その3

なぜアメリカだったのか。これには、多分にアメリカ映画の影響があったことは間違いのないところだ。ベトナム戦争はまだ続き、同時に、反戦運動もまた盛んであった。太平洋戦争が終わってからの四半世紀、アメリカの影響は圧倒的であった。そんな空気を目一杯田舎で育った少年も吸っていたに違いない。1973年のアメリカ。しかもカウンターカルチャーの流れの中で生まれたフレンズワールドカレッジ(以下、FWC)という奇妙な大学。まっとうなアカデミックな学校制度とは無縁なところにいた20歳の私を掬いあげてくれたのは、やはりアカデミックな枠組みから外れたところにいたFWCという「大学のようなもの」であった。
*FWCは現在、ロングアイランド大学でglobal collegeとして存続しているようである
(続く)


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2009年06月11日

連句その後

連句らしきものをはじめて三週間になる
ひと巻き目は半分を過ぎ20行目に近づきつつある
間を開けずに始めたふた巻き目も、そろりそろりと進行中
一堂に会してやってるものでなく
来た人が来たときに書き込んでいくというスタイルゆえ、なかなか先に進まない
その代わり、実に多くの人たちが書き込んでいて、全員参加型の行事になりつつある
この人はこのようにはじめ、あの人がこのように付けるのかと、新しい発見の連続
中盤になって、やや行き詰まり気味なのは仕方のないところ
実際にやってみると、連句のルール(式目と呼ばれるものらしい)が
なぜ生まれてきたのかがわかる
この行には月の句を、この行には花の句をといった
一見堅苦しく思えるルールだが、
その制約があるからこそ、先に進めるというものがある
いずれ、ルールを踏まえやってみることにしよう

posted by dohokids at 23:02| Comment(0) | 稽古 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする